「鎌倉散歩」 (その37)   得田 皓則 

  
妙本寺

 妙本寺は鎌倉駅から徒歩10分、比企ヶ谷(ひきがやつ)という谷間にあります。総門を入ると両側に大きな杉林が立ち並ぶ、静寂な谷間でこの時期鶯が鳴き、梅雨時には蛍も飛ぶことがあります。この比企という地名からも分かるように、鎌倉時代は比企一族の住んでいた所であります。

 埼玉の豪族、比企一族に嫁いだ比企の禅尼は頼朝の乳母で、頼朝が伊豆に流されていた時にも、仕送りをしたりして陰ながら支援をしていました。そして、頼朝が旗揚げした後は、息子の比企能員(よしかず)を常に従軍させ、大功があった。そして、頼朝の長男、頼家に能員の娘を嫁がせた。頼家が病に伏した時に、比企氏に北条を打てと密命したが、北条政子に聞かれ、反対に北条氏によって滅ぼされた。かろうじて生き延びた比企大学三郎能本(よしもと)が日蓮聖人に帰依し、一族の霊を弔うために文応元年(1260年)に建てたのが妙本寺の始まりである。

日蓮宗の中では格式高い寺の一つである。

(妙本寺の本堂)

(日蓮の銅像)
 

 今年は日蓮聖人が「立正安国論」を起草し、文応元年(1260年)7月鎌倉幕府前執権の北条時頼に献じてから750年目に当たります。

これを記念して、この節目に日蓮の教えに立ち返り、僧侶が心一つに仏法を宣布しようと日蓮宗が主催し、鎌倉大法要が(いち)命一会(みょういちえ)」(いのちこそ(たから))の題で668日、妙本寺で行われました。夕方には「いのちの(あかし)」の竹灯籠が点火され、幻想的な雰囲気が醸し出されました。

(鎌倉大法要)

(竹灯籠

(了)